会長コラム

性格・人格・品格

公園に行った。幼稚園児らしき小さな子供が砂場で数人集って遊んでいた。しばらく、子供たちと親の様子を眺めていると、小さな子供たちは道具の貸し借りで争いになった。

同じ年頃の子供たちなのに、他の子供たちとの関わり方は十人十色だ。「貸して」と御願いする女の子。黙って無視する男の子。その女の子に「貸してあげる」と声をかける別の男の子。「僕に貸して」と割り込んでくる男の子。

こんな様子を見ていると、人間には様々な”性格”があることに改めて気づかされる。やさしい子もいれば、おせっかいな子もいるし、いじわるな子もいる。小さな子供たちを見ていると、人間の”性格”というのは、持って生まれた個性であることを知る。それは、いわば、心理的、感情的な心を表す基本色のように思える。

大人の目で見ると、一見、やさしく見えたり、いじわるに見える場面でも、しばらく見ていると、それは単なる色の違いのようにも見えてくる。着ている洋服の違いに照らしてみたような感じかも。

赤を基本色とした子もいれば、青を基本にした子もいる。黄色もいれば、白もいる。そもそも、生まれも育ちも違うのだから、色が違って当たり前である。これが個性。時に、個性は他の個性を認めない。

赤色の子は、理由もなく青色の子となじまないように見える。さっきまで無視していた青色の子は、隣にいる水色の子と道具の貸し借りをしている。たった今までやさしく見えたオレンジ色の女の子は、緑色の子には「貸してあげない」と突っぱねる。

ここには理屈はない。相性であったり、その場の気分であったりする。これが人間の”性格”(キャラクター)の姿なのだ。

大人になっても”性格”の違いは、理屈なし混じ合わないことも多いだろう。その人がどんな能力があろうが、どんな人柄なのか一切を知らなくても、たった今出会ったばかりなのに、自分とは違うと”感じる”ことがある。目つき、言葉遣い、それぞれのパーツではなく、全体がかもし出す”性格”の色である。

砂場の傍には、親がいる。

ある母親は子供と一緒に砂場に入って遊んでいる。ある母親と父親は、ベンチに座ってタバコを吸っている。ある母親は他の母親とずっと話している。

子供たちが喧嘩  ........
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 この続きは、堀田 信弘の公式ブログ「活・喝・勝」 http://hottaworld.com を参照してください。

2007年3月27日
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