会長コラム

親孝行と親不幸

全ては親が悪い。自分が生んだ子だから、親が子の運命を勝手に決めていいのだろうか。私は、そうは思わない。医者の子供は、医者を目指させ、政治家の政治家になる。いわゆる世襲。

私は嫌いだ。

最初の親は、無一文から、ぺんぺん草も生えていないところから始める。何もないところから生み出す。創造する。だから、そんなことを成し遂げた人は偉大である。それが親であるならば、尊敬し、敬愛することは何ら不思議ではない。

敬愛し、憧れとなり、目指す存在となるのは、子として当然なのかも知れない。

理解できなくもない。しかし、これが政治や経営となると素直には認め難い。千代の親が作った組織のトップになることには、私は好きじゃない。

お金や建物という有形なものはどうでもよいが、人脈や看板、ノウハウのような無形な財産を継ぐことが私には許せないのだ。ぺんぺん草から木まで育てたその苦労を知らずにして、血縁というだけで簡単に継承する。そのような人が組織のトップとして相応しいのだろうか。百歩譲って、仮にその組織の中では最も能力が高く、その子がその組織の中では最も継承者に相応しいとしたとしても、ダメだ。

稀に江戸時代の将軍や、世界で最も世襲が成功している天皇家のようなものは存在するが、一般的に世襲で、その組織が右肩上がりで成長するとは思えない。

創造を成功させた初代の親を越えるような、子が登場しない限りありえない。創造を成功させた親を越えるというこは可能なのか。

私の答えはノー。

なぜなら、親を尊敬し、敬愛し、目標にした時点で、もう既にその人が最大に成功したとしてもその親レベルである。目標が閉鎖的で排他的で、小さすぎる。親がやれなかったことを目標に掲げない限り、親を越えることはできない。

親が一番上と思った瞬間、その子は親以上にはなれない。

親が問題だ。

親が、”自分のようになれ”というような育て方をする限り、その子は親以上にはなれない。”自分のように”と自分を目標とさせることで、親を越えられない子を育てるのだ。

親以上の子に育てたければ、「親の後は継ぐな」、「親と違ったことをやれ」、「大きな目標を持  ........
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 この続きは、堀田 信弘の公式ブログ「活・喝・勝」 http://hottaworld.com を参照してください。

2007年4月14日
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