会長コラム

立派な人

2週間も前のことである。娘の作文が新聞に載ってから、ある人からこんな手紙が届いた。「偉い人にはならなくても良いから、立派な人になって下さい」というような内容だった。

確かに今の世の中、偉い人が立派な人ではない。官僚や政治家のような偉い人、いや偉そうにしている人が、平気で悪いことをする。そんな世の中を見て、子供たちはどう感じるのだろうか。

反対に、世間には全く知られていなくても、立派な人もいる。娘も、その手紙を読んで、立派な人もいるものだと感じさせられたはずだ。

一方、私はどうかと言えば、こんな手紙が来ると反省させられる。私のような偉くも立派でもない親が、娘に立派な人になってくれなんて言えるはずもないのだから。

それに、どうやら、私は、立派な人どころか、軽いノリの人のように誤解されている。

立派な人でないのは正解だが、私のノリは軽くても、私の決断は重い。それと、私は、アドリブが苦手なほうである。だから、私の軽いノリの発言は、実は思いつきのアドリブではない。頭が悪いからこそ、会議の前には、シミュレーションをして望み、発言しているのであるが、どうもそうは受け取られないようである。私には、そんな誤解を招くくらいだから、立派という言葉には遥かに遠い人間だ。

先日、ある人にそんな話をしたところ、「立派な意味を知っていますか」と尋ねられた。

立派というのは、偉いことか、優れていることか、あるいは素晴らしいことか。またはその総称だろうか。改めて考えて見ると、偉いことでもないような気がするし、優れていることでもないような気がする。

その人は言うには、「立派」というのは、僧が、流派から分かれて一つの派を立てることから由来していると言う。流派に入り、修行をして育ててもらって、やがて分派し独立して、新しい派を立ち上げるような人を言うのだそうだ。

そういう意味で、起業家はみな立派な人なのかも知れない。

私自身は、ノリの軽いいい加減な人間だから、その中の一人だなんて言うつもりはない。でも、同じく起業をしたものとしては、精神的なプレッシャー、家族をも巻き込む辛さ、孤独など起業の大変さは十分に理解できる。

立派な人かど  ........
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 この続きは、堀田 信弘の公式ブログ「活・喝・勝」 http://hottaworld.com を参照してください。

2007年12月19日
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