会長コラム
守りの我慢と攻めの我慢
仏教では、身心を乱し悩ませ、人が苦しむ原因のことを、自らの煩悩という。煩悩は、俗に108あるとされているが、中でも最も恐ろしい人間の諸悪の根源を三毒という。三毒の煩悩とは「欲」「怒り」「愚痴」であり、これらの心が働くとき、人間は自分を苦しめ、時には他人をも苦しめる。
次に恐ろしい人間の心は、「疑い」「自惚れ」「悪見」の3つで、「欲」「怒り」「愚痴」の三毒の煩悩と合わせて、「六大煩悩」と言われている。
これまで、私は、このブログの中で「自惚れ」について何度も書いてきた。「自惚れ」は、若きして成功、あるいは成長した人が陥り易い心である。
仏教では、この「自惚れ」の心を「慢(まん)」と言い、 自分は良くて、どうしても自分を悪く見れない心のことを言う。
「慢」は、「七慢」と呼ばれ、7つの邪悪な「慢」からなっている。「七慢」を持つものは、簡単に言えば素直ではなく、感謝や反省の心を持つことができない自惚れ者である。
「七慢」の一番目「慢」は、自分を他人と比較し、自分より劣っていると感じた相手を、情けない奴だとバカにする心を言う。
二番目の「過慢(かまん)」とは、自分と同等の相手なのに、自分のほうが優れていると威張る心を言う。
三番目の「慢過慢(まんかまん)」とは、間違いなく自分よりも優れている相手でも、素直にそうとは認められず自分の方が上だと思い誤る心を言う。
次の「卑慢(ひまん)」とは、遥かに優れた者と比較し、自分は少ししか劣っていないと思うこと。
次の「邪慢(じゃまん)」とは、間違った行いをしても、正しいことをしたと言い張ることである。
そして、「増上慢(ぞうじょうまん)」とは、覚りを開いてもいないのに、覚ったと自惚れている心である。
最後に、一番有名な「我慢(がまん)」がある。
仏教における「我慢」とは、例え自分の考えが間違いと気づきながらも、どこまでも自分の意見を押し通そうとして、自分の考え方に執着する心を言う。
こうして、仏教の世界では、「自惚れ」を7種類の「慢」に定義し、素直でない心を戒めるようになった。
ところで、現在の「我慢」は、我慢す ........
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この続きは、堀田 信弘の公式ブログ「活・喝・勝」 http://hottaworld.com を参照してください。
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