会長コラム
情報は体感し体得する
知られていない情報が多い。曲げられて聞こえる情報が多い。一部の情報に右往左往する。終いには、噂話に一喜一憂する。
私は、このブログを通じて情報を配信している。私と会ったことのない人は、私を怖いと感じるという話を聞いた。ブログを読んでいる人に会って見ると、想像とは反して柔らかいと驚いた。
私は、リーダーとはどうあるべきかを問い、自分の考えを述べている。拒否反応を示す人もいるし、共感する人もいる。私は、もう何年もこうして続けていると、反論や異論、罵倒も当然のことと受け入れている。勢いで言えば、何をどう言われようと関係ない。読みたい人が読めば良いとたかくくっている。
私は、インターネットという道具を使って、自由気ままに一方的に発信している。読者からお金をもらっている訳でも、教育者のように教育を担っている訳でもなく、聖職者のように布教活動をしている訳でもない。
一方、このブログにコメントをよこす人はどうなのか。私の考えは違うから、正せというのか。あるいは、私と議論したいのか。しかしながら、彼らは、私のように実名でコメントするのではなく、何を恐れてか匿名でモノを申したいのである。それはそれで良い。それも承知の上だ。
つまり、情報とは何なのか。何が知りたくて、何が本当で、何が本質なのか。氾濫する情報。だから誤解も生む。偏見も思い違いもあるいは、感情的にも敵意も生むのである。それで良い。それが情報である。
私は、情報を配信するし、情報を得る側にもなる。人と会えば、様々な情報がもたらせられる。インチキもあれば、勝手に主観を交えたものもある。悲観的に捉える人もいれば、楽観的に捉える人もいる。それで良い。それが耳から聞こえてくる薄っぺらな情報なのだ。
薄っぺらなのだ。なぜ、人々はそのような薄っぺらな情報に右往左往するのか。それは、耳を情報源にしているからである。
私は、耳ではなく目こそが情報源だと思っている。目だ。耳で聞くより、この目で見たものこそが真の情報だ。それ以外は、雑音である。
私は、多くの人と出会い、会社を訪問したり、時には海外に出かける。海外に行くと、目こそが情報であることを痛感する。
経営者は、見たり聞いたり ........
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この続きは、堀田 信弘の公式ブログ「活・喝・勝」 http://hottaworld.com を参照してください。
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