会長コラム
絵を見る目と人を見る目
かつてバブルの頃、西洋美術の巨匠のB級作品が、大量に日本に買われた。日本人は、著名な巨匠の作品なら、中身が何であれ価値があると考える。
つまりブランド神話である。しかし、世界の絵画の常識はそうでない。同じ作者の作品でも出来、不出来があり、値段も様々だ。さらには、巨匠という名のもとに、弟子に描かせ、サインだけが本物のようなまがいものさえある。
ヨーロッパの人は、古くから絵画に触れ、見る目を養ってきた。しかし、日本人には、絵を見る能力がない。肩書きでしか判断できないのである。
ヨーロッパ人は、B級作品がなぜこんなにも日本に流れるのか不思議に思ったらしい。日本人は、B級品も1級品と同等の値段で買い、絵を楽しむというよりは財産にしようと考えたのである。
しかし、どんな巨匠が描いた絵でもB級は、B級にしか過ぎなかった。いずれ高値で売れるはずと思いこんでいた作品は、バブルが崩壊し、世界同時金融危機になった今、永久に塩漬けとなってしまった。
それでも日本人は、株価が下がったのとは違い、未だにブランド神話を持ち続け、肩書き付きの作品を買ったことに不満さえ覚えていない。本人が満足ならそれも良かろう。
私の義父は抽象油絵の画家だ。私は、なぜ日本人は絵を見る目がないのか尋ねてみた。
「自分の物差しを持っていないからだろう。誰かが評価し、有名になったものを評価が高いものという前提で見る。誰かが評価してくれなくては、自分では評価できないからではないか。」と答えた。
見る目とは何だろうか。
私たち素人は、評論家や鑑定士ではないから、作品の価格、評価などの価値を見極めることはできない。義父の言った「自分の物差しを持っていない」というのは、作品の良し悪しではなく、絵が良いと感じるか感じないかということである。評論家や鑑定士になることではない。
作者が誰であれ、絵を見て、作者の表現しようとしていることをどう受け止め、どう感じるかである。それが見る目だ。自分が何か感じるか、感じないか、それが見る目であろう。
作品が高かろうが安かろうが、誰が描こうが関係ない。その作品を通じて、何も語らない作者の声を、どう感じ取ることができる ........
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この続きは、堀田 信弘の公式ブログ「活・喝・勝」 http://hottaworld.com を参照してください。
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