会長コラム

地方分権ができない理由

「地方の知事という立場では、その県を改革するのには限界がある」と言って、国を変えるという大義のもとに、総裁候補として出馬を求めている滑稽な知事がいる。

言わば、県の改革ができないのは、国のせいだという訳だ。

百歩譲って半分はその通りだとしても、それでは知事は誰がやっても変わらない、知事不要だということである。

どの都道府県も財源が足りず、国の奴隷になっているとの想いがあることは理解できる。しかし、日本には、47人の知事がいるが、同じ財源不足でも、人口当たり1位の医師がいる県もあれば、全国でも最も警察官が少ない県もある。あるいは、一人当たりの教育費においても1位から47位まで順番がある。

知事という県のトップなら、その県を舵取りし、何に重点をおいて、何を改善し、どんな特色を出すか考えるべきである。

それなのに、それができないのは、国のせいだと、途中で県政を投げ出して、放棄しようとするのはあまりにも短絡的であり、無能としか言いようがない。

私は、この場で、政治家を批判するのが目的ではない。元々、自分本位で保身家の代表たる政治家には、まともなリーダーシップなど期待できない。

そう、この場は、リーダーシップとは何かを論じるところだ。

企業のリーダーが、景気や国や政治家のせいにしても始まらない。人や環境のせいにした瞬間に、そのリーダーは、もはやリーダーとしての魅力がないというものである。

どんな環境におかれても、そのおかれた環境の中で、もがき、手足を縛られても、限られた方法で、先頭に立って現状を打破していくのがリーダーではないか。

さて、わが社では、毎月1回、営業戦略会議というのを開いている。

全ての事業部長が出席する。私が年度始めに指示したのは、各部門ごとに事業計画を策定することである。そして、その策定に伴う唯一与えた条件は、全社共通として利用される共通管理費を、部門ごとに様々な条件を乗じて配分された分を加味することである。

つまり、国が国である最低限必要な経費のみを全国民で負担し、それ以外は全て、各都道府県が自由に必要な予算と財源を決めさせたのだ。経費の内訳、財源の裏付け、採  ........
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 この続きは、堀田 信弘の公式ブログ「活・喝・勝」 http://hottaworld.com を参照してください。

2009年7月12日
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