会長コラム

猫の手も使えないのはリーダーに非ず

何の役にも立たないけれど、それすらも借りたいほど忙しくなることはないだろうか。忙しくならないという暇人は、リーダーに非ず。

人の上に立って、その人たちの指揮、指導、管理をする立場のリーダーが、忙しくないはずがない。リーダーの下の人数が多いほど、当然それに比例して、様々な事象が起きえるし、同時に、それに対処すべき事象も必然的に増えるはずである。

リーダーがやることがないほどの状態であったなら、その組織は既に死滅しているはずだ。それを知らずして、暇なことを安泰だと誤解するようでは、もはやリーダーと呼ぶのは愚か、その組織の滅亡者と呼んだほうが相応しいほどだ。

そのような人は、ここでは論外とする。普通のリーダーなら、やればやるほど仕事が増えるばかりで、決して忙しさから解放されないと思う人が大半であろう。

では、そのような忙しい状態で、何の役にも立たないけれど、それすらも借りたいと思うだろうか。

多くの人の答えは、ノーと答えると推測する。

役に立たないような人を使うなら、使わないほうがマシだ、と考えるのではないであろうか。時によっては、人を使うより、自分でやったほうが早くでき、余計な手間がかからないと思うことも多いであろう。

その通り。と同調した人は、残念ながら、あたな自身が役に立たないリーダーだ。

自身が役に立たないリーダーなのだから、役に立たないような人を使うことなどできるはずがない。

トップに立って、複数のリーダーを束ねる立場になると、このことを痛切に感じるはずである。つまり、役に立たないような人を使うなら、使わないほうがマシだと考えるリーダーは、トップに非ず中間管理職的な存在なのである。

仮に、そうではなくトップの人が、そのような考えでいるとしたら、暇なことを安泰だと誤解するような人と相違ない。

私が部門のリーダーたちの話を聞くと、その大半は、部門内の出来ない部下の話が多い。いわゆる愚痴である。出来ない部門が多くて、それが理由で部門運営が上手く行かないことを理解してほしいとのようである。

これが部門のリーダーの実体である。つまり、リーダー自身が、リーダーとして人の上に立って  ........
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 この続きは、堀田 信弘の公式ブログ「活・喝・勝」 http://hottaworld.com を参照してください。

2009年8月11日
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