会長コラム

私は私の世界で修行する

出家して修行する人も、在家として一般で生活する人も、隔たりなく救済するのとした法然の考えを継承し、それを実践したのが親鸞である。

その親鸞は、僧として初めて公式に妻帯し子を設けた。だから、浄土真宗の僧侶は、妻帯する。

以前坊さんから、次のような話を聞いた。

「私は、父と母から生まれました。祖父と祖母から生まれた父は、母と出会い結婚した。そして、私が生まれ、私は坊さんになりました。私は、お釈迦様の教えを、伝える仕事をしています。

人々にお釈迦様の考えを伝えるには、人々の考えが判らなければ伝えることができないと思っています。

人は、必ず親から生まれます。やがて結婚する人もいるでしょう。子供を産み、親を亡くしたり、妻を亡くしたりする人もいます。皆さんは、嬉しいことや悲しいことも必ず経験します。

坊さんも同じでなければ、人の痛みも判りません。愛する人を得て、子供を授かった喜び、あるいは、親や兄弟、場合よっては愛する人との悲しい別れも経験します。これが人生です。」

私は、組織を率いるリーダーも同じかも知れないと思った。

家庭を持った人でなければ、家庭を持っている人の良さも、あるいは大変さも判らない。判らなければ、家庭を持っている社員が家族のことで困っている時、どれほど困っているかを痛いほどに判るはずもない。

親だけでなく、最愛の妻や子などを失ったことがある人であれば、身近にそのような状況に置かれつつあるような人を見れば、その人へ手を差し伸べる優しさもあろう。

しかし、例えば、息子の家庭内暴力に悩む母親と、わが家のように重度の知的障害児の息子を持つ母親を比べることなどできないし、する意味もないことも十分に認識する必要があるだろう。

必要があるのだが、それができないのが、これまた人間である。どこの家庭にも、あるいは独身者の人にでも、誰にも言えないほどの悩み、悲しみ、辛さというものはあるものだ。

つまり、家庭を持った人でなければ、家庭を持っている人の良さも、あるいは大変さも判らないかも知れないが、例え家庭を持った人であっても、他人の家の良さも、大変さも判らないということである。

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 この続きは、堀田 信弘の公式ブログ「活・喝・勝」 http://hottaworld.com を参照してください。

2009年8月25日
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