会長コラム

生せは生る 成さねは生らぬ 何事も

先日、全国の小学校・中学校を対象とした全国学力テストの結果が発表された。私はその中で、二つの興味深いデータを見つけた。

一つは、朝食を取り、早寝早起きの規則正しい生活を送っている子どもほど、学習意欲、学力とも高い傾向がうかがわれるというものだ。

もう一つは、平日に家でテレビやビデオを4時間以上見る子供たちと、1時間以内の子供たちとでは、国語の問題において、テレビを見る時間が少ないほど正解率が高いというものだ。

私は、本日の社内朝礼で、このことについて『大人の役割と影響』と題し、子供たちの状況をみると、親や家庭、大人の影響を、自然に子供たちは受けてしまうということを書いた。

子供たちは、親の犠牲者だと言っても良い。

このことは、上司と部下との間でも言える。

大人ができないは、子供もできないのと同様に、上司ができないければ、その部下ができるはずがない。

上司がだらしなければ、だらしない部下が生まれ、組織もだらしなくなるのは必然である。

上司がその上の上司に報告ができなければ、部下がそんな上司に報告などするはずもない。

「やってみせて、言ってきかせて、させてみて、ほめてやらねば人は動かじ」とは、山本五十六の言葉である。この言葉は、江戸時代の米沢藩主であった上杉鷹山の「してみせて 言って聞かせて させてみる」から影響された言われている。

鷹山と言えば、「生せは生る 成さねは生らぬ 何事も 生らぬは人の 生さぬ生けり」が有名だ。

現代では、「為せば成る 為さねば成らぬ何事も 成らぬは人の 為さぬなりけり」と書かれる。これは、「やればできる、やらなきゃ何も始まらない。何もできないのは自分がやらないからだ」という意味である。

鷹山の言った「生せは生る」は、元々は武田信玄の言った「為せば成る、為さねば成らぬ。成る業を成らぬと捨つる人のはかなさ」を真似たと言われている。しかし、なぜ、「為せば成る」が「生せは生る」に変化したのであろうか。

"為す"というのは、行為という意味だ。つまり"やる"ということ。"成る"とは、成立するという意味で、"できる"ということである。だから、"  ........
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 この続きは、堀田 信弘の公式ブログ「活・喝・勝」 http://hottaworld.com を参照してください。

2009年9月 2日
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