会長コラム

躍動感あるホーチミン

私が初めてベトナムに訪れてから10年になろうとしている。当時は、シクロという人力車が街中に見受けられた。今ではほんの僅かな観光用しか見られない。

今では、すっかり日本人街になったホーチミンのレタントン通り周辺には、当時はまだ数件の居酒屋しか見かけられなかった。今では、沢山の食堂、エステ、クラブなど様々な日本人向けの店が並んでいる。そんな日本人街のど真ん中に、「不動産」という看板を掲げる子会社がある。

マジェスティックホテルから見えるサイゴン川の向こう岸には、沢山の外国企業の看板が並んでいた。今ではその看板群もない。

私が最初にベトナムのことを書いたのは、2005年8月に書いた『オフショア開発が加速する』の中である。

私はその中で「主要SIベンダーの合計発注額は、700億円を超える。発注先の国は、中国、インド、ベトナム、フィリピン、タイの5ヶ国で99%を占める。中でも中国へは、合計で600億円にのぼり、全体の85%になる。」と書いた。

2009年現在、ベトナムソフトウエア協会(VINASA)によると、日本企業のソフトウエア開発アウトソーシング先は、中国、インドに次いでベトナムは第 3位に位置しているという。ただしシェアをみると、中国が85%、インドが14%で約9割を占め、ベトナムはわずか0.5%に過ぎない。数年前までは、ネクストチャイナと言われていたベトナムだが、今では中国に大きく水を開けられたようだ。

それから一年後の2006年8月、私は、3年ぶりにホーチミンを訪れた。その時の様子を「中に走るオートバイの数は変わりないが、人力車のシクロが無くなった。2年ほど前から中心部ではシクロが禁止されたらしい。幹線道路は、自動車レーンとオートバイのレーンに分離されているところもでき、明らかに発展しているのが判る。町中にネットカフェが溢れ、ほとんどの若者が携帯電話を持っている。」と『<  ........
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 この続きは、堀田 信弘の公式ブログ「活・喝・勝」 http://hottaworld.com を参照してください。

2009年9月 8日
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