会長コラム

シンガポールにて

私は今、サンスクリット語でライオンの町という意味の都市にいる。東南アジアのほぼ中心、赤道直下の北緯1度17分、東経103度51分に位置するこの国は、国土面積が世界175位と世界でも最も小さな国の部類に入る。

63の島からなり、もっとも大きな島が、シンガポール島である。シンガポール島は、東西42km、南北23kmと東京23区ほどの広さしかない。

その島は、目を見張るほど近代的で、美しく、まさに都市国家である。様々な民族が交り合う多民族国家でもある。

2年前、シンガポールは、国民一人当たりのGDPでアジアでトップだった日本を抜いて、アジアで最も豊かな国となった。

今回私は、ベトナム・ホーチミンからシンガポールのチャンギ国際空港に着いた。チャンギ国際空港は、現在ターミナルが3つあり、4つ目が建設される予定の世界有数の巨大空港である。私が乗った航空機は、タイガー・エアウェイという格安航空会社で、ホーチミンから、1時間半ほどのフライトで、料金はなんとたったの6ドル(約550円)だ。

アジアで地殻変動が起きているような実感を感じる。物凄いスピードで、アジアの中心にあった日本マグマは、もはや枯れ果てて、上海、香港、バンコク、シンガポールなど複数の場所にマグマが移った感じである。

赤道直下に位置する小さなこの国が、なぜここまで発展することができたのだろうか。その経緯から学ぶものは多いはず。

1819年、人口わずか150人のこの島に、東インド会社で書記官を務めていたイギリス人トーマス・ラッフルズが上陸を果たす。ラッフルズはこの島の地理的重要性に着目し、都市化計画を推し進めた。無関税の自由港政策を推し進めたこともあり、わずか5年で人口は1万人を突破し、急速に発展していった。

イギリスによる植民地となった後、同じくイギリスの植民地であるインドやオーストラリア、中国大陸などとの間で東西交易、三角貿易の中継地点としての役割を果たす。

1965年マレーシアから追放される形で都市国家として分離独立する。独立後に首相に就任したリー・クアンユーは、東南アジアの中心地に位置するシンガポールを発展させるため、一党独裁体制下での通商都市国家の道を選択する。<  ........
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 この続きは、堀田 信弘の公式ブログ「活・喝・勝」 http://hottaworld.com を参照してください。

2009年11月11日
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