会長コラム

やる気の源は劣等感

自分は優れていると思うか。もし、自身を優れていると自覚しているとしたら、この先は読まないでほしい。もっと言えば、私は、そのような考えの持ち主とは関わりたくない。一瞬にしてここから去ってほしい。

自信を持つということと、自分を優秀だと思うことは根本的に違う。自信とは、自分の持っている力を信じることである。

私は、『信じること信じられることの中で、『自分を信じ、人を信じる。信じられることはその結果なのである。自分は精一杯部下を信じる。自分のことを信じてくれるのは、自分が信じた量の半分以下と思っていれば気が楽になる。』と書いた。

自分の力を信じ、他人を信じることができるか。自分の力は、自分自身で良く判るはず。その自分の力を過信しているようでは、他人の力など判るはずもなく、そのような人間に限って、他人を信じることができないものである。

自信とは、決して自分の力を過信せず、自分の持っている力を信じ、その信じた力が100%発揮できるようにすることである。

もし、自分の力を自惚れて過信したとしたら、それは自分を信じるのではなく、自分自身をも欺くことだ。

私はこれまで、このブログの中で、一度足りとも自分が優れている、自分は優秀だ何てことを言ったことはない。

私はこう考える、こう思う、私ならこうする、と私の行動や考え方を述べているに過ぎない。そして、私の考え方が完璧で、最も正しい考え方だというようなことを押しつけているつもりもない。ただ、誰に何を言われようとも、私は私なりに考え抜き、それを示し、自分が率先してそれを信じ行動しようとしているのみである。

だから私は、私が優れているから、それに従えというようなことは断じてない。

そもそも私が優秀であるはずがない。学歴もないし、教養も足りない。能力も経験も足りない。

私のやる気の源は、劣等感である。

何もない劣等感をバネに変え、足りないものをやる気で補おうとしているだけだ。もし、私から劣等感が無くなったら、"怒り"の感情も同時に失せるだろう。

このブログの中心も"怒り"であるが、被害者でもない限り、人間が"怒り"の感情を持ち続けることは、中々でき  ........
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 この続きは、堀田 信弘の公式ブログ「活・喝・勝」 http://hottaworld.com を参照してください。

2009年12月 7日
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