会長コラム

守れない約束でも守る

誰しも、子供のころから約束を守ることの大切さを教えられてきたはず。誰だって、約束を破られることがどんなに嫌なのかを知っている。知っているからこそ、一旦約束したことは、何としても守ろうとするのは当然なことだ。

約束とは、例え口頭であっても、立派な契約行為である。あるいは、刑事訴訟ともなれば、誰からの指示があったとか、誰と何を約束したかなどの供述は、口頭で言ったという記録がなくても、立派な証拠となりえるのである。

それほどまでに、約束は重い。

その重い約束を平気で破る人のことは、簡単に許せるものではない。

誰しも、平気で約束を破る人のことを、好きになるはずもないであろう。

だがしかし、私も含めて、そんなに簡単に約束を破る人のことを許せないと言い切って言いものだろうか。ならば、約束を破った人は、あたは自身なら、あなたは自分のことを許さないのか。嫌いになるのか。

そう、誰しも約束を破る人は許せないと思いながら、以外にも、多くの人は、約束を破る側になっていることがあるのだ。

遅刻だってそうだ。これは完全に約束違反である。だが、遅刻をする人は、それほど重い約束との認識が薄く、遅刻を平気で繰り返す。まさに、約束を破ったという感覚がないから、罪意識がないのだ。

大体にして、それとこれとは違うだろうと、約束と遅刻を一緒にするなと反論するような人に限って、本当に平気で約束も破るものである。

そして、詫びる。誠意を持って謝れば、何とか許してもらえるという期待があるからである。これまでもそうして、破った約束の対策を講じることで、破ったということを帳消しにできると考えているのだ。

だがこのことは、極一部の人の話ではない。私も含め、ことの大きさは別にして多くの人が同じような過ちを犯しているはずである。本人は、小さなことだから、すでに記憶からないかも知れないが、本来、約束に大きいも小さいもないのである。

約束したことが、小さい、大きい、軽い、重いと考えている時点で、約束を軽率にとらえているということである。重い約束は守ろうとするが、些細な約束は破っても影響が少ないというのは、破る側の勝手な論理で、破られた側からすれば  ........
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 この続きは、堀田 信弘の公式ブログ「活・喝・勝」 http://hottaworld.com を参照してください。

2010年2月14日
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