会長コラム

継続なければ信念にあらず

先日、大変親しくさせて頂いている年配の方から、「お前も年取ったなぁ」と言われてしまった。その理由は、以前に話をした同じ内容を、私がまた同じ話をしたからだ。どうやら、同じ話は、2度目ではなく、数度目になっているらしい。

自分では気づかずにいた。だから、私は一瞬、言ったことを忘れてしまっているので、それで"年老いた"のかと思った。

しかし、彼が言う"年取る"というのは、どうやら"年老いた"とは違ったようだ。

「若い頃から、信念が固まっている人は少ないよ。我々のような凡人は、人生経験を重ねるにつれて、次第に自分の生き方も確立するんだ。実際には、確立させようと言うよりも、気が付いたら自然にそうなっているものだよ。同じ話を何度もするということは、年を重ねても、どうしても知ってほしい、何度も伝えたいことなんだろうよ。若人にはないことだよ。」

「なるほど」

そう言われれば、私が知っている多くの年配者は、何度も何度も同じ話をする人がいる。そんなとき、私は、「また始まった。この人、ボケているのでは」と内心馬鹿にしているところがあった。

私は、その馬鹿にされる対象者の人になったという訳だ。

同じ話をするということは、言われてみれば、どうしても知ってほしい、何度も伝えたいことなのかも知れない。

それが、若い頃は、そんなことは知らないし、しかも、どうしても知ってほしい、何度も伝えたいことということ自体がなかったのかも知れない。つまりは、信念を語るには、至っていなかったのであろう。

私は、改めて信念という言葉の意味を考えてみた。

辞書には、固く信じて疑わない心。行動の基礎となる態度とある。つまり、揺るぎない考えと言えよう。

私は、これまでこのブログで"信念"という言葉を75回も用いてきた。しかし、改めて読み直してみると、"私の信念"という表現は、僅か6件しかない。しかも、最初に"私の信念"という言葉を用いたのは、今から僅か1年半前の『拳銃を持った優しさと厳しさ』の中である。

私は、そこで『私は、このブログで何度も言っているが、経営者は指導者でありリーダーである。これは、このブログのテーマであり、私  ........
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 この続きは、堀田 信弘の公式ブログ「活・喝・勝」 http://hottaworld.com を参照してください。

2010年2月22日
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