会長コラム

公明正大の難しさ

期限を守れなくても、許してくれる場合もあるかも知れません。でもお詫びさえすれば、許してもらえるという期待をしているようではいけません。次回も期限が守れなくても許してもらえるという甘えが生まれてしまうのです。

私心をさしはさまず、不正や隠し立てをせずに、公正に正々堂々とした態度、行動をすることを、公明正大と言います。普通の社長なら誰でも、公明正大な経営をしたいと思うはずです。

世の中に、公明正大は間違いだと反対する人などいなでしょう。誰においても、公明正大は基本的な姿勢でありながら、誰もが公明正大でないのはなぜでしょうか。

現実の中で、天地天命に誓って公明正大にできるかというと、そう簡単なことではありません。最も基本的な姿勢だと言いながら、完璧にできずに葛藤し、迷いながら何とか公明正大に近づけようとするのが現実ではないでしょうか。

厳しいようですが、葛藤しているような状況では、一瞬の隙もない本当の公明正大など実現できるはずがないのです。隙があれば、その隙の大きさに関係なく、結局はその隙そのものが公明正大ではないことを表しているのです。

自分自身が未熟でありながら、それをさて置いて、完璧を目指そうとしていたました。そのように分析してみると、自分自身さえも公明正大でないにも関わらず、組織を公明正大に経営することなどできるはずもないのです。

誰にも迷惑をかけなければ、自分自身が完璧を目指すこと自体は決して悪いことではありません。しかし、公明正大と口先だけでは、自分はさておいて、他に完璧を求めるようになってしまうのです。

不正や隠し立てをすることは決して許されることではありません。自分自身が完璧でないにも関わらず、他に完璧を求めていると、きっと益々不正や隠し事を増幅するきっかけになってしまうのでしょう。

法律を守ることは最低限の常識です。法律を破っても、なかったことと黙認するようなことはできないのです。

でも私たちは、聖者ではありません。普通の人です。極悪人の集まりでもありませんが、完璧な人間ばかりでもないのです。完璧な人間でなく普通の人なのです。

普通の人が少しだけはみ出しただけで、極悪人の如く、厳しく罰するこ  ........
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 この続きは、堀田 信弘の公式ブログ「活・喝・勝」 http://hottaworld.com を参照してください。

2010年4月17日
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