会長コラム

理想と現実と他人

理想を追い求めると言いながらも、現実にはその理想の高さには、永遠に到達しません。到達しないから目指すべき理想でもあるのです。

目指すべき理想への過程において、周囲と比べて、自分のほうが現実よりも高い位置にいると錯覚してしまうようなことがあります。これは完全な自惚れです。

自分も理想への過程でもあるにも関わらず、上から下を見下ろしてしまうのです。実際には、同じ高さか、あるいは自分が下にいるにも関わらず、相手に、現状よりももっと高いことを望んでしまうのです。

何様のつもりだ、ということになるのでしょう。偉くもないのに、偉そうにしてと思われるに違いありません。

理想が高いということは、悪いことではありません。しかし、同じ理想を相手に求めるというのは、そう簡単なことではないのです。

個人個人で、理想の高さというのは異なります。やろうと思えばやれるのに、やっていない人もいるかも知れません。もっと高い理想を持つことで力が発揮できることもあるでしょう。

あるいは、理想どころか、現実の中で葛藤し、現実を生きることにも四苦八苦している人もいることでしょう。やりたくても出来ない弱い立場の人もいることでしょう。

自分の理想が高いということは、そのような弱い立場の人のことを十分に理解せず、自分と同じように高い理想を求めてしまう恐れがあるのです。そして、時には、それを理解できない人、あるいは、それを出来ない人のことを、軽んじてしまうようなところがあるのかも知れません。

私は、自分の息子が障害を持っているのにも関わらず、同じように障害を持つ弱い人の立場や、あるいは必死で生きようとしている弱い立場の人を、心底から理解するということが、今でもできていないと思うようになりました。

障害がない人が、障害者と同じような気持ちになり、障害者の苦しみを理解するというのは、簡単ではないのです。

そればかりか、障害者の周囲にいて、障害者と関わる健常者のことを理解するというのも実は簡単ではないのです。

息子には、一つ年下の妹がいます。さらに六つ下の妹もいます。

妹たちは、兄の面倒を良くみます。兄も妹たちにはとても優し  ........
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 この続きは、堀田 信弘の公式ブログ「活・喝・勝」 http://hottaworld.com を参照してください。

2010年4月19日
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