会長コラム

経験することとしないこと

経験をすることは、とても重要なことです。様々な経験によって、人間は鍛えられるのだと言って良いでしょう。仏教における精神の鍛錬の一つに修行があります。修行は、人間の欲望から解放され、生きていること自体に満足感を得られる状態するために行われます。

人間の苦しみの根源は、欲であるということから、その欲を取り除くには、苦しい修行をしなければならないと考えられているのでしょう。

確かに欲を取り除くための修行は大変苦しいことでしょう。しかし、熱心で真面目な仏教徒でないからこそ軽率なことが言えるのかも知れませんが、苦しみの根源である欲に乱れているこの世に生きることのほうがもっと苦しいのではないでしょうか。

人間は、何の経験もしなければ苦しむこともないでしょう。家の中にこもって、他との出会いもなければ余計な関わりも生まれないはずです。

しかし、人間には欲があるのです。もっと楽になりたい、もっと良くなりたいという欲があるのです。ある意味で、苦しい修行に加わり、欲望から解放されたいというのも一種の欲ではないでしょうか。

欲望から解放されたいという欲があるからこそ、あえて苦しい修行に参加しようと考えるのは邪道でしょうか。

結局のところ、人間は生きているだけで、それだけ修行しているようなものとも言えるでしょう。

仕事をして様々な経験をして、出会いをして様々な恋愛をしたりすることで、苦しみ、悲しみ、時には喜び、笑い、そして怒るのです。

中でも、人生の大半の時間を費やす仕事は、働くことで様々な経験と様々な感情、様々な欲求を与えてくれます。

人間関係で苦しみ、難しい課題で悩み、自分の限界を知り、時には助けてもらった時のありがたさと、嬉しさを知ることができます。

いっそのこと仕事など辞めてしまいたいと思うことは誰しもあることでしょう。

その瞬間です。その瞬間が、試されている瞬間なのです。

誰に試されているか、それは自分です。自分自身の弱さに対し、乗り越えるのかどうかが問われている瞬間なのです。

強くなるかどうかの瞬間なのです。だからこそ苦しみます。悲しみます。辛いことでしょう。

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 この続きは、堀田 信弘の公式ブログ「活・喝・勝」 http://hottaworld.com を参照してください。

2010年4月25日
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