会長コラム

自分から逃げない・他人から逃げない

自分から逃げない、というのは簡単なようで簡単ではありません。自分ほど厄介なものはないのです。

誰でも人間は、楽なほう楽なほうに流されるものです。誰だって進んで、辛い方、嫌な方を選ぶことなど簡単にはできないのです。できないどころか、しないというほうが自然な姿なのかも知れません。

興味があることや、楽しみなこと、安全で安心なことなど、自分に危害を及ぼさないと予測できるものに関しては、自分から進んで行動しようとします。

人から言われなくても進んで行動できるということは、その行動の先に明るい結果が見えているからなのです。それを私たちは、自信と言っているのでしょう。

しかし、行動の先に、どのような結果が待ち構えているか分からない場合や、過去の経験から嫌な思いをしたことがあるなど、決して明るい結果が予測できない時、誰しも進んで行動しようとはしません。これは当然なことです。

「なぜやらないのだ」とどんなに叱られたとしても、嫌なものは嫌だし、例え渋々行動したとしても、嫌な気分でやったものは、当然結果も比例しますから、予想通りに悪い結果となることでしょう。それで逃げ出したくないはずがないのです。

つまり、「自分から逃げない」と言われても、自然に湧き出る、逃げ出したくなる感情は抑えきれないものなのです。

では、抑えきれないからと言って逃げだしても良いのでしょうか。

興味があることや、楽しみなこと、安全で安心なことなど、自分に危害を及ぼさないと予測できるものだけを選択し、それ以外のものは排除すれば良いのでしょうか。

仮に、そのようなことは現実的にできるのでしょうか。もし、そのようなことが可能で、誰にも迷惑をかけず、ストレスもなく生きられたら、どんなにか楽なことでしょう。

楽しいことばかりの人生かも知れません。ところが、普通に生活していたら、嫌なことを避け、楽しいことばかりを選択することなど不可能に近いのです。

不可能に近いということを認識することさえできれば、様々なことがあり、決して自分に都合の良いものだけを選択できないということを認識できるはずです。世の中そんなものだと、仕方なくも認識できるのと、認識できな  ........
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 この続きは、堀田 信弘の公式ブログ「活・喝・勝」 http://hottaworld.com を参照してください。

2010年4月27日
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