会長コラム

許せない気持ちに苦しめられる

嫌われるとか、嫌われないとか考えているようでは、リーダーシップも、自分らしさも、発揮できないのです。もっと言えば、自分の評価を気にして八方美人に振舞うことがリーダーではないのです。

好かれる、嫌われるというのは、結果であって、好かれるためにするのではなく、嫌われるからやらないというのでは、リーダーではないのです。

なぜ人は、好かれるだの、嫌われるだのと、他人の気持ちを気にするのでしょう。

もし、嫌われていることが判ったら、嫌われないようにするでしょうか。それとも、好きになってくれるようにするでしょうか。

人間は、自分が嫌われていると思うと、嫌いになってしまうものです。あるいは、自分が嫌っていれば、きっと相手も自分のことを嫌っているに違いありません。

嫌いという感情は、簡単に伝わり、そして伝染するのです。

人間は、愛されていないということには敏感に感じるのです。感じ取るものなのです。もし、ほんの少しでも、相手に嫌な感情を抱いたら、きっと、相手のほうが先に、こちらに嫌な感情を抱いていると思って間違いないでしょう。

相手がこちらに嫌な感情を抱いているから、相手はそれを態度で示したのです。

ところが、自分が先に嫌な感情を相手に与えてしまっていることに気がつかないのです。自分のほうが、相手の嫌な面を目にして、嫌になったと思うのです。実は、それは違うのです。

自分が先に嫌われているのです。自分が相手の気分を害する行為や仕草をしたのです。

このように考えると、人間関係というのは、気づかいが大切だということがわかります。ほんの少しだけ気づかいを欠いただけで、他人に嫌な思いをさせてしまうのです。

勿論、必ずしもいつも自分のほうが悪いという訳ではありません。それでも、自分のほうが先に相手に嫌な思いをさせないようにしようと思うことが気づかいであり、人間関係を良好に保とうとする思いやりなのです。

ところが、人間は、愛されていないということには敏感に感じるのですが、愛されているということや、気づかいを受けているということに関しては鈍感なものだから厄介です。

何年も一緒にいる夫婦であ  ........
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 この続きは、堀田 信弘の公式ブログ「活・喝・勝」 http://hottaworld.com を参照してください。

2010年6月 6日
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