会長コラム

生と死と

行動するということを、突き詰めて考えてみると、出会いとでも言えるのではないでしょうか。

例えば、新しい何かを身につけようとします。最初の行動は、本を読んで知識を得ようとするところからかも知れません。それなら誰の力も借りずにできるでしょう。

次に、どこかのスクールやサークル、あるいはセミナーに参加しようとします。本を読むだけでなく、体験者の話を聞いたり、同じ目的を持つ人がいるところに参加することは大きな意味があります。

そして、そこで出会いがあります。元々何かを身につけるための一歩でしたが、それを通じて出会いがあり、新しい世界が開けるのです。

極端な言い方をすると、出会いがなければ行動していないのと一緒とも言えるでしょう。

人は、行動すれば、必ず出会いがあると言っても過言ではないからです。

人生という時間は、容赦なく過ぎて行きます。どんなに忙しくしても、暇でベットの上に寝転んでいても、時間は刻一刻と過ぎて行くのです。過ぎ去って行くのです。

過ぎ去った時間は、二度と取り戻すことはできません。苦労して辛い思いをするのなら、じっとしていたほうが良いと考える人もいるでしょう。でも、それは、死ぬ前に、病室のベットに寝かされて、カウントダウンを待っているのと何ら変わらないではないですか。

先日、ある人の娘さんが、お腹がいたいと病院に行きました。すると、その場で癌であることが告げられたそうです。

しかも、余命数ヶ月。

昨晩まで楽しい団欒を過ごしていたのに、まさかこんなことが起ころうとは夢にも思わなかったそうです。

「自分の娘だったら、どのように伝えますか」と尋ねられました。

そんなこと考えてもみなかったので、答えることができませんでした。

しかも、もし自分自身だったら、僅かな余命期間を知らされて、どうするだろうか、と考えさせられてしまいました。

恐ろしいことでしょう。泣いて、嘆くことでしょう。発狂するかも知れません。

現実に真剣に考えたことがない人は、「そんなに長生きしたいと思っていないから」と平気で答えるでしょう。しかし、それは余りにも軽  ........
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 この続きは、堀田 信弘の公式ブログ「活・喝・勝」 http://hottaworld.com を参照してください。

2010年6月12日
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